香港日本人墓地管理委員会

萬霊塔の前に咲く河津桜

   ハッピーバレー競馬場を望む湾仔の丘に「香港墳場Hong Kong
Cemetery」という公有墓地があります。ここには明治(1878)年
から昭和20(1945)年までに香港で亡くなった日本人465名が
眠っています。最も古い日本人の墓は、明治11(1878)年に亡く
なった湯川温作・陸軍少尉のもので、フランス留学中に脳病を患い、
香港で下船して入院手続きを待つ間に息を引き取りました。明治
から大正にかけては20代の若さで亡くなった人が多く、鎖国令が
解かれて若者が海外へ雄飛した時代であったことを物語っています。
香港ではペストが大流行しました。

   墓地の高処に立つ萬霊塔は、大正8(1919)に香港日本人
慈善会が建立したものです。石柱に彫られた「萬霊塔」の文字は、
浄土真宗本願寺派第22代門主で中央アジア探検隊の派遣で
知られる大谷光瑞の書といわれています。当初は掃桿埔(現在の
香港スタジアム周辺)にありましたが、昭和57(1982)年に区画整理に伴い、香港日本人倶楽部が
萬霊塔を移転させました。さらに平成4(1992)年の大規模整備を経て、平成12(2000)年7月、
墓地整備実行委員会(現・墓地管理委員会)が設置。在香港日本国総領事館からの資金援助を
受けて萬霊塔周辺の改装工事を行い、第1回慰霊祭が9月29日に挙行されました。その後、毎年
3月のお彼岸の頃に慰霊祭を開催しています。

   平成16(2004)年、前々年に香港公演を行った歌舞伎俳優の市村萬次郎氏夫妻のご尽力に
より、河津桜の苗木25本が霞会館から寄贈され、春の始まりに開花する早咲きの桜は、香港に眠る先人
たちのご供養となっています。